大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)88号 判決
大阪市西淀川区姫里町二丁目五八番地
原告
猪塚清七
右訴訟代理人弁護士
長山享
右同
児玉憲夫
右同
大錦義昭
大阪市西淀川区野里西三丁目二三番地
被告
西淀川税務署長
仲磐男
大阪市東区大手前之町
被告
大阪国税局長
近藤道生
右両名指定代理人
検事
氏原瑞穂
右同
法務事務官
葛本幸男
右同
大蔵事務官
大橋一
右同
〃
竹見富夫
右当事者間の昭和四〇年(行ウ)第八八号更正処分に対する裁決取消等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件訴をいずれも却下する。
訴訟費用は被告西淀川税務署長の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
(一)、被告西淀川税務署長が昭和三九年一〇月七日になした原告の昭和三八年度分所得税の総所得金額を金一、九三五、四一〇円と更正した処分のうち金三七二、五〇〇円を超える部分はこれを取消す。
(二)、被告大阪国税局長が昭和四〇年七月二六日原告に対してなした前項更正処分に対する審査請求棄却の裁決はこれを取消す。
(三)、訴訟費用は被告等の負担とする。
(被告等)
(一)、原告の請求をいずれも棄却する。
(二)、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決をそれぞれ求めた。
第二、請求原因
(一)、原告は肩書住所地で「平和電業社」なる名称を用いて電気工事業を営んでいるものであるが、昭和三九年三月一四日被告西淀川税務署長に対し、原告の昭和三八年度分所得税の確定申告として白色申告書により総所得金額を金三七二、五〇〇円と申告したところ被告西淀川税務署長は同年一〇月七日付で右金額を金一、九三五、四一〇円に更正する処分を行い同月八日その旨原告に通知した。
(二)、原告はこれに対し同年一一月六日被告署長に対し異議申立をしたが、昭和四〇年二月一日被告署長はこれを棄却し、同月二日原告にその旨通知をなしたので、原告はさらに同年三月一日被告局長に審査請求をなしたが、被告局長は同年七月二六日付裁決にてこれを棄却し、同月二八日その旨原告に通知した。
(三)、しかしながら原告の昭和三八年中の総所得金額は金三七二、五〇〇円である。従って、被告署長の前記更正処分には原告の当該年度の所得を過大に認定した違法がある。
(四)、また被告局長の審査の手続には次のような違法な事由がある。
(1) 原告は昭和四〇年四月三日被告局長に対し、原処分庁である被告署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、同月九日被告局長は原告に対し、右被告局長は原処分庁に弁明書の提出を要求していないから右請求に応じられない旨回答して来た。
しかし被告局長としては原告の審査請求が期間の徒過による不適法な場合であるとか、審査請求を全部容認する場合など特別な事由がある場合以外は右弁明書の提出の要求を原処分庁になすべきであって、被告局長がこれをしなかったことは行政不服審査法第二二条に違反するばかりか、審査手続において最も重要な争点の整理ないし確定すらしようとしない態度のあらわれであって行政不服審査制度の根本を無視するものと言わなければならない。
(2) 次に原告は同年四月三日被告局長に対し前記更正処分の理由となった事実を証する書類の閲覧を請求したところ、同月一六日右局長が原告に閲覧させたものは前記更正決議書、異議申立書、確定申告書、異議申立決定書の四通だけであって、これらは各書類の表題から明らかなようにいずれも前記処分の理由となった事実を証明するものではなく行政不服審査法第三三条第一項に規定する「書類」に該当しないことは明白であって右閲覧は全く無にひとしく違法な閲覧拒否と同視さるべきである。
(五)、以上右各処分は違法なものであるので、その取消を求めるため本訴請求に及んだ。
第三、被告等の答弁ならびにに主張
(答弁)
請求原因第(一)、(二)項の事実は認める。同第(三)、(四)、(五)、は争う。但し、
第(三)項(1)のうち、原告から弁明書副本送付方の請求があった事実、被告局長が原告主張の趣旨の回答をした事実および同(2)のうち、原告が書類の閲覧請求をした事実、被告局長が原告主張の各書類の閲覧を許可した事実は認める。
(被告署長の主張)
(一)、課税経過
本件係争年分にかかる所得税について、被告署長の指示を受け原告方に赴いた部下職員がその調査に際し、所得算定の基礎となるべき事業に関する帳簿、原始記録等の提示を求めたところ、原告は「帳簿は一切作成せず、また、原始記録等も保存していない」旨申立て何ら資料を提示しなかったのみならず、右職員の調査に関する質問にも「法廷で争う」と称して結局具体的な所得内容等については殆どこれを明らかにしなかったものである。
これがため被告署長は、実額により原告の所得を算定することができないので、止むを得ず原告の取引先、銀行の調査結果等を検討のうえ、その所得を推計したところ、原告の申告額と相違したので、その調査により本件の更正処分を行ったものである。
なお、その後更に検討したところ、原告の当該年分の所得金額は次のとおりとなった。
(二)、所得金額の計算内容。
1 収入金額金一〇、三四六、二九三円(詳細は次項(三)参照)
2 特別経費控除前の所得金額 金三、八二八、一二八円(〃次項(四)参照)
3 特別経費 金一、五六三、三〇三円
(内訳)雇人費 金一、五五一、九四三円(〃次項(五)参照)
支払利息 一一、三六〇円(原告申立額)
4 専従者控除額 金一四七、五〇〇円
所得金額 金二、一一七、三二五円〔2-(3+4)〕
(三)、収入金額について
原告の取引銀行である株式会社三和銀行歌島橋支店の調査により判明した原告名義の当座預金および猪塚博夫名義の普通預金の昭和三八年一月一日より同年一二月三一日までの一か年の純入金額のうち、次のとおり受取利息、預金相互間の振替高を控除した残額を原告の本件係争年分の収入金額と算定したものである。
〈省略〉
なお、猪塚博夫は、原告の長男で原告の事業にもっぱら従事する、所謂事業専従者であって、本係争年度分中に格別の収入を得ていたものでないばかりか、右普通預金と当座預金との相互の出入りを検討してみると、別表のとおおり普通預金から当座預金へ振替(形式上は、普通預金を引出し、直ちに当座預金へ入金)していることを窺いうるのである。
このような事実からすると、右の普通預金は右猪塚博夫の名義を使用しているが、その実質は原告が当座預金の支払資金の準備として預け入れ、支出(振替)しているものといわざるをえない。そこで被告は、その入金額をもって、原告の本件収入金額算定の基礎としたものである。
(四) 特別経費控除前の所得金額
右金額は(三)によって算定された収入金額に、同業者の一般的な所得率(三七%)を乗じてこれを算定した。(したがって、この金額は、収入金額から収入原価および一般経費額を控除した金額である。
(収入金額) (所得率) (特判経費控除前の所得金額
算式……10,346,293円×0.37=3,828,128円
(五)、雇人費
雇人費は、収入金額に同業者の一般的な雇人費率(収入金額に対する雇人費割合)――一五%――を乗じてこれを算定した。
(収入金額) (雇人費率) (雇人費)
算式……10,346,293円×0.15=1,551,943円
(六)、(三)、(四)、の方法によって特別経費控除前の所得金額(金三、八二八、一二八円)を算出し、この金額から(五)の方法によって算出した雇人費(金一、五五一、九四三円)と支払利息(金一一、三六〇円――原告の申立額――の合計金一、五五六三、三〇三円ならびにに専従者控除額(金一四七、五〇〇円を控除して原告の当該年度の所得金額金二、一一七、三二五円)を算定したものである。
(被告局長の主張)
一、請求原因(四)の(1)――弁明書の提出――について。
(一)、行政不服審査法(以下審査法という)上弁明書の提出については、同法第二二条第一項において「審査庁は……相当の期間を定めて弁明書の提出を求めることが出来る。」と定めているが、右規定の形式、法律の趣旨(審査法第一条第一項にいう目的)を総合すれば、審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の自由裁量に属する事項であると解されるから、審査庁が弁明書の提出を求めることなくして審査の裁決をしたことをとらえて裁決取消訴訟の違法理由とすることは失当である。
(二)、本件において、審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めなかったことは、審査庁の有する裁量権の範囲をこえていないことはもとより裁量権の濫用でもないことは、次の理由から明瞭である。
即ち、国税に関する法律に基く処分で所得税にかかる審査請求の審理は、事業が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものであるから、税務行政に習熟した協議官が専らこれにあたり、協議官は審査請求の審理にあたっては「協議官自ら必要な調査に当り、又は、国税庁長官若くは国税局長を通し、国税庁、国税局若くは税務署の当該職員に対しその調査を嘱託する外、当該審査請求の目的となった処分に関する事務に従事した職員および当該審査請求をした者に、その意見を述べる機会を与えなければならない」(国税局協議団令第五条)こととされている。
このように事案が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものの審査請求について、処分庁から弁明書を徴取し、これを審査請求人に送付し、同人からこれに対する反論書の提出をまち、これらの書面を資料として審理するよりも、協議官が自ら進んで必要な調査を行い、処分庁関係職員および審査請求人双方から口頭で意見を聴取する方が、はるかに迅速で適正な処理をはかることができるのは明らかであり、この方法はいわゆる書面による審理方式にくらべ、より一層不服審査制度の趣旨(審査法第一条第一項)に合致するものといえる。
そうだとすれば、本件審査請求について弁明書の提出を求めなかったとしても裁量の範囲をこえるものではなく、裁量権の濫用でもないというべきである。
二、請求原因(四)の(2)――閲覧請求――について
被告局長は、原告から処分の理由となった事実を証する書類の閲覧請求がなされたので、日時および場所を指定してこれを許可したのである、原告は、右指定日に閲覧を行わなかったものである。
このように書類の閲覧を許可したにもかかわらず、敢えてこれを閲覧せず、閲覧を許可された書類の記載内容を了知することなくして審査の裁決があって後、本訴において閲覧拒否と同一視される旨の主張をなすのは、著しく事実をまげるものというほかなく、失当たるを免れない。
(被告等共通の主張)
被告署長は、昭和四二年一〇月一六日付で、原告の申告額(総所得金額金三七二、五〇〇円)どおりの減額更正決定をなし、その頃その旨を原告に通知した。
第四、原告の答弁
(一)、課税経過(被告署長の主張(一))について。
西淀川税務署職員は、昭和三九年八月原告方を訪れ、本件係争年分にかかる所得税の調査をしようとしたが、原告が不在であったので何らの調査をすることなく帰っていった。
同月ごろ、右職員は再び原告方へ来たが、その際原告は同職員から同年三月の三和銀行歌島橋支店の原告の当座預金一、〇〇〇、〇〇〇円はどういう金であるかと質問を受けたので、原告は、本人に会わないまま、しかも承諾、了解もえないで取引銀行に対するいわゆる反面調査をしたことについて、その法的根拠がなく、違法調査であることに強く抗議し同職員の見解をただしたところ、同人は即答をさけ、何らの調査をすることなく帰署したのである。
又、「法廷で争う。」と原告が言ったのは審査請求段階のことである。
この点についての前記被告等の主張は全く事実に反するものである。
(二)、減額更正決定――被告等の主張――について。
被告等主張の日時に、その主張どおりの減額更正決定がなされ、その旨原告に通知されたことは認める。
第五、証拠関係
(原告)
甲第一号証を提出した。
(被告等)
甲一第号証の成立を認めた。
理由
請求原因たる(一)、(二)、の事実は当事者間に争のないところである。そして、本件において、原告はただ、被告署長が昭和三九年一〇月七日付をもってなした原告の昭和三八年度の所得税に関する更正(第一次更正……総所得金額を金一、九三五、四一〇円と更正)処分の取消(申告所得額三七二、五〇〇円を超える部分)と、被告局長が昭和四〇年七月二六日付をもってなした右第一次更正処分に対する審査請求を棄却した裁決の取消を求めているものである。しかるに、被告署長は本件訴の係属後(約二年後)の昭和四二年一〇月一六日付で原告の申告所得金額どおりに減額する再更正(第二次更正)処分をなし、その頃右処分を原告に通知したものである、しかも、このことは原告の認めるところである。そうすると、被告署長のなした第一次の更正処分(昭和三九年一〇月七日付)も、第二次の更正処分(昭和四二年一〇月一六日付)も、いずれも独立の行政処分であって第一次の更正処分は第二次の更正処分によって取消されたものと解せざるを得ないところである。したがって、第一次の更正処分の取消を求める本件訴は、第二次の更正処分のなされた時以降、その利益を失うにいたったものというべきである。なおまた、第一次の更正処分に対する審査請求棄却の裁決の取消を求める訴も審査請求の前提たる第一次の更正処分が取消された以上その利益を失うにいたったものである。
以上のとおりであるから、原告の本件訴はいずれも利益がないものとして却下すべきものとする。右の次第で原告の被告等に対する本件訴がいずれも却下すべきものとされる場合であるから民事訴訟法第九〇条に則り訴訟費用は被告署長をして負担せしむべきものとして主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 長谷喜仁 裁判官 光辻敦馬)
表
振替年月日 振替高
昭和三八年 一月三一日 七四、〇〇〇円
四月 一日 三〇〇、〇〇〇円
四月三〇日 二五〇、〇〇〇円
五月一七日 二二〇、〇〇〇円
六月 三月 三五〇、〇〇〇円
六月 六日 三五〇、〇〇〇円
六月二〇日 五〇、〇〇〇円
七月二七月 一〇、〇〇〇円
七月三一日 一五〇、〇〇〇円
一二月二四日 一〇、〇〇〇円
一二月二五日 一〇〇、〇〇〇円
計 一、八六四、〇〇〇円